遺言能力とは?判断基準を徹底解説
2023/07/03
相続の際、問題が起きないようにするための方法としてまず挙げられるのは、遺言を作成しておくことです。しかし、遺言はどのようなものでも有効になるわけではありません。その遺言が有効であると認められるためには、遺言者の遺言能力が認められる必要があるからです。
そこで今回は、遺言能力とは何か、どのような判断基準があるのか、遺言能力を疑われないための対処法などについて詳しく解説します。
目 次
遺言能力とは
遺言書は、遺言者の死後に遺産分割を実施するための指示書であり、遺言者の意思を継続させるための重要な文書です。そのため、遺言者は遺言を作成する際、正当な意思決定を行える能力があることが求められます。このことを意思能力と呼びます。
遺言能力とは、遺言者が自己の意思を理解し、自己の財産や遺産分割に関する決定を行う能力のことです。法律上における遺言能力の定義は「遺言内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る意思能力」です。
たとえ遺言を書いたのが遺言者本人であったとしても、遺言者がその内容を理解していない場合には、その遺言は有効なものとして認められません。
このことは、民法第963条に「遺言者は、遺言をするときにおいてその能力を有していなければならない」として定められており、自筆証書でも公正証書でも同じです。
遺言能力の判断基準
それでは、遺言能力とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。裁判所が遺言者に遺言能力があるかどうかを判断するための基準はいくつかあります。それぞれ詳しく解説します。
年齢
まず挙げられるのが、年齢です。民法961条には「15歳に達した者は、遺言をすることができる」という規定があります。そのため、遺言者が15歳未満であった場合には、たとえ親の同意があったとしても、遺言を遺すことはできません。
一方、遺言者が15歳に達している場合には、親の同意があろうとなかろうと、遺言を遺すことができます。15歳以降になると、基本的には年齢を理由に遺言能力が問われることはありません。
また、注意するべきポイントとして、遺言を誰かが代理で行うことはできない、ということを理解しておく必要があります。これは、遺言者が15歳未満の場合でも、高齢者の場合でも同じです。ただし、遺言者が高齢者の場合には例外があります。
それは、遺言者の意思能力が一時的に回復した場合です。とはいうものの、その場合には2名以上の医師が立ち会い、遺言者が一時的に意思能力を回復したことを証明しなければなりません。
精神医学的な視点
次に、精神医学的な視点が挙げられます。たとえば、遺言者に認知症が疑われる場合などです。その他にも、何らかの精神医学的な理由によって遺言能力が疑われることもあります。遺言者が異常な行動や言動を繰り返しているような場合などです。
そうしたケースにおいてひとつの基準になるのが「長谷川式簡易知能評価スケール」というテストです。このテストで20点以下だった場合には、認知症や認証症の疑いがあると判断されます。逆に言えば、このテストである程度の点数を取っていれば、遺言能力があるという証拠になります。
遺言の内容
遺言能力の有無は、遺言の内容によって異なります。一般的には、遺言能力は相続する財産の額によって変わることはありません。遺言能力は、遺言者が自己の意思を理解し、自己の財産や遺産分割に関する決定を行う能力を指すからです。
ただし、遺産の額が大きい場合には、遺言能力の判断基準が厳格になることがあります。会社の株券のように相続の影響が多方面に及ぶ場合にも、判断基準が厳しくなります。
また、遺言における内容の複雑性も遺言能力の有無を判断する際の重要なポイントです。簡明で単純な遺言書であれば、多少判断能力が低下していても遺言能力があると判断されることが多いです。
しかし、複数の財産を複数の相続人に分配するなど遺言内容が複雑な場合には、遺言能力の有無の判定が厳しくなります。
遺言者の人間関係
遺言者の人間関係も遺言能力の判断基準になります。たとえば、遺言者と以前から深い付き合いがあった相続人へ多額の遺産を分配する旨が遺言書に記載されている場合は、客観的に見ても判断能力があると考えられるでしょう。
しかし、遺言者とあまり関わりのない人物に多額の遺産を分配する旨が遺言書に記載されている場合には、遺言者の遺言能力が疑われることになります。
遺言能力を疑われないためには
遺言能力に疑義をかけられないために、遺言者やその家族はどうすれば良いのでしょうか。まずできる対策は、遺言を自筆ではなく公正証書遺言にしておく、ということです。公正証書遺言の場合、公証人が遺言者の言動や行動を確認できます。
そのため、その遺言書が公正証書遺言であることが、遺言者に遺言能力があることを示す証拠のひとつになります。
しかし、公正証書遺言であれば必ず遺言能力があると認められる、というわけではありません。公証人は医師ではないからです。そこで、より確実なのは、遺言書を書く前に医師の診察を受けておくことです。
認知症ではないことや、認知症だとしても軽症であることをカルテに記載してもらえば、遺言能力があることの大きな証拠となります。特に、先述した「長谷川式簡易知能評価スケール」を受けておくと良いでしょう。
この時注意するべきポイントは、通常、カルテは5〜10年程度で廃棄されてしまう、ということです。そのため、診断を受けた場合には診断書を書いてもらい、その写しを自身で保存しておくことが大切です。
また、遺言作成時の様子を録音・録画しておくのも有効です。言動や行動を客観的に評価できます。遺言書を作成する契機となった事情を記した日記や介護記録を残しておくのも良いでしょう。
そうすることで、遺言書の正確性を高めることができます。遺言能力の有無を判断する際、その遺言書の書かれた動機は内容を判断するための重要なポイントです。
その他、遺言作成時には弁護士や遺産相続の専門家の助言を受けることが重要です。適切な手続きや法的要件を理解し、遺言書を正しく作成することにより、遺言能力に対する疑義を最小限に抑えることができるでしょう。
遺言の無効を求めるには
それでは、相続人が遺言者の遺言の無効を訴えたい場合にはどうすれば良いのでしょうか。まずするべきことは、遺言者の遺言能力が疑わしいことの具体的な根拠や証拠を準備することです。
主な証拠としては、医師の診断結果や証言などが挙げられます。また、遺言書の作成過程における不正行為や強制などの根拠を示すことも考慮されるでしょう。
遺言者の遺言能力を争う場合には、裁判手続きを利用します。ただし、遺言無効確認請求は「家庭に関する事件」にあたります。そのため、まずは訴訟の前に調停を申し出なければなりません。
とはいうものの、遺言の無効に関する訴えは、一般の調停のように中間で合意するようなことはありません。認められるか認められないかのどちらかです。そのため、調停を経ずに訴訟を提起したとしても、裁判所がそのまま審理をしてくれることも多いです。
遺言書は早めにつくっておこう
たとえ遺言書を作成しても、遺言能力が疑われる場合には、その遺言書は無効となります。遺言が無効になることで、遺族の相続争いが起きてしまうかもしれません。
そうした事態を未然に防ぐには、なるだけ早く遺言書を作成するのがおすすめです。まだ健康な早い段階から遺言書を作成し、将来起きるかもしれない懸念を事前に防ぎましょう。

記事監修者
小野税理士事務所代表の小野 聰司。
平成21年の12月に小野税理士事務所を開設し、多くのお客様のサポートをしている。